軽井沢中古別荘の情報提供WEB 軽井沢に中古別荘がほしい!こうした方向けに様々な情報を提供しています。

軽井沢が別荘地として知られるようになったのは・・・?

これからこのブログで、軽井沢の不動産に関する豆知識や、軽井沢にはどういった魅力があるのかと言ったことを広めていきたいと思います。

夏に旅行などで軽井沢に行かれた事のある方は分かると思うのですが、軽井沢と言えば避暑地としても大変有名なほど、夏でも清々しく過ごしやすい気候であり、美しい自然と美しい町並みを満喫できる場所です。

昔から別荘地としてはかなり有名なのですが、近年になってからもまだ土地開発はされていて、軽井沢には別荘地が沢山あります。

最近は駅前に大型の複合施設もできていますし、少し移動すれば自然と触れ合えるようなレジャー施設もあります。

また昔ながらのテニスコートやゴルフ場、乗馬施設も健在です。

軽井沢が別荘地として知られるようになったのは明治期です。

歴史はかなり古いのですが、江戸時代はまだ軽井沢のあたり一帯は宿場町でしたので、旅の一行が足を休めていく程度の町でした。しかし江戸時代末期に差し掛かり、宿場町としても機能を失い始めます。

そんな明治初期にアレクサンダー・クラフト・ショーと言う外国人宣教師がこの町にやってきます。

彼こそがまさに軽井沢別荘所有者の元祖なのですが、彼はこの町でしばらく滞在し、気候が過ごしやすいこと、故郷に似ていることなどから、軽井沢を気に入り別荘を所有するようになります。

これによって、現代で言う口コミのような形で噂が広がっていきました。特にこの時日本にやってきていた欧米人達にとっては、日本の夏は蒸し暑く、耐え難いものであったため、避暑地としての軽井沢は、まさにオアシスのような場所だったのです。

宿場町としての機能を失いつつあるこの町に危機感を募らせていたのが、亀屋旅館の主人であった佐藤万平でした。佐藤万平は今後この地が欧米人を誘致するのに成功するという事を見越して、外国人に対する接客を身に付けると共に洋食を学び始めました。1894年には亀屋ホテルの創業を始めます。

これが現在も残る万平ホテルの前身で、軽井沢で初めての洋式ホテルでした。佐藤万平が目をつけたとおりで、軽井沢は多くのお客の誘致に成功し、別荘地もどんどんと広がっていきました。現在別荘地はいくつかのエリアに分けられるのですが、最初に軽井沢で別荘を所有したアレキサンダー・クラフト・ショーが建てた別荘は、今も旧軽井沢エリアに残されています。

これは一度移築されたのですが、ショーハウス復元委員会によって、元の場所に復元されたもので、現在は記念館となっており中を見学することもできます。

歴史を辿れば、元々軽井沢の別荘地はここを中心に広がっていったと考えられるのですが、現在は別荘以外の住宅が混在しているエリアもありますし、軽井沢=別荘地が成り立たなくなってきている部分もあります。